教会やお寺の中にも、会社のように何らかの「チーム」が存在しています。
たとえばうちの教会だと、「青年部」「婦人部」「学生部」など、各年代でチームが分かれており、活動しています。
しかし、全てのチームがうまく回っているかというと、そういう訳ではありません。
中には様々な問題を抱えたチームもあります。
例えば
- お互いに相談をせずに物事を進める
- まあまあの働きで妥協
- 素直にものを言えない
こんなチームがチラホラあります。
みなさんの所属するチームはどうでしょうか?
もし上のような要素があるとすると、それは「心理的安全性が低いチーム」かもしれません。
後で詳しく説明していきますが、先にこの「心理的安全性」が何かだけを説明しておきます。
心理的安全なチームとは、一言でいうと「メンバー同士が意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム・職場のこと」
(石井遼介『心理的安全性のつくりかた』JMAM 22.23頁)
つまり心理的安全性とは、
メンバー同士で意見しあい、生産的でよい仕事ができる環境のことです。
ではこれから「心理的安全なチーム」について自分の体験を含めて説明していきます。
参考にする本を紹介
今回参考にするのは、石井遼介さんの書かれた『心理的安全性のつくりかた』という本です。
石井遼介(いしい りょうすけ)
神戸出身
東京大学工学部卒
シンガポール国立大 経営学修士(MBA)
本の内容
世の中の変化の激しくなり、「正解のない時代」になっている昨今。
「正解のあるこれまでの時代」で大切とされていたものが、通用しなくなってきている。
そんな中で、これからを生きる我々が学ぶべきことの1つに「心理的安全性」がある。
先が見えないこの時代だからこそ、チームの中でお互いに意見を戦わせてよい仕事をすることが求められている。
本書では、どうしたらチームが健全に意見を戦わせることができるのかが詳細にまとめられている。
心理的安全なチームとは
おさらいになりますが、もう一度「心理的安全なチームとは何か」に触れておきたいと思います。
心理的安全なチームとは、一言でいうと「メンバー同士が意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム・職場のこと」
(石井遼介『心理的安全性のつくりかた』JMAM 22.23頁)
つまり、
- 何でもいえるような環境が整っている
- 困った時はお互いさまで、助け合いができる
- 新しいことに挑戦できる
といったチームのことです。
「そんなこと、チームなら当然でしょ」と思われるかもしれませんが、案外これが難しい。
僕自身も、これとは逆のことを後輩にやってしまっているなと反省しました。
たとえば、後輩が「こんなことやってみたいんですけど」と声をかけてくれたことに対して、「それ、うまくいくの?」と返していたなと。
こんな風に言われた後輩からすると、次から新しい提案をするのが難しくなることが想像できます。
なぜ心理的安全性が大切なのか
「心理的安全なチーム」とは、言い換えれば、上司が言ったことをやるというトップダウン型ではなく、メンバーが意見を出しあい、様々な視点から意見を出し合うことができる対話型のチームとも言えます。
なぜこれからこのようなチームである必要があるのでしょうか。
それは世の中が「正解のない時代」になってきているからです。
正解のある時代
過去の成功から未来の成功が予想できる時代。「作れば、売れる時代」
例:フォルクスワーゲン・タイプ1。通称「Beetle」は改良を加えながらも65年間生産できた。
正解のない時代
昨日までの正解が今日も正解だとは限らない。
例:高性能カメラ付きのスマートフォンにより急激に衰退したデジカメ需要
(参考:『心理的安全性のつくりかた』7頁)
「正解のない時代」では、(仮)のついた正解を模索していく必要があります。
そのためには、実験や挑戦をしながら、先が分からないジャングルを切り進むかのような姿勢が必要です。
そのため今までのチームによくみられたトップダウン型ではなく、メンバーが意見を出しあい、様々な視点から意見を出し合うことが大切なのです。
では実際に、「心理的安全性」が低いとどうなるのか。
僕が仕事(林業)で体験したことを紹介していきます。
まきのりが仕事で体験した「心理的安全性」が低いと思った出来事
僕は、教会の代表をするかたわら、林業で生計を立てています。
といっても自分1人でやっているわけでは無く、親方のもとで数人のチームを作って仕事をしているのです。
そんなある日のこと。
親方が木の枝を切るために、木登りを開始しました。
僕たち他のメンバーは、下で別の作業をしていたのですが、親方が木に登っていくのを見て、1人が僕に言いました。
「あれ?いつも木に登る時に持っていくロープを持って行ってないけどいいのかな?」
僕も確かにと思ったのですが、その時にさらに頭によぎったことが3つあります。
それは
- いやでも親方が間違うわけないか
- しかも指摘したらちょっと嫌な顔するだろうな
- 雰囲気悪くなるのは嫌だな
ということです。
毎度のことなので、声をかけてくれたメンバーもなんとなく親方には言いづらそうです。
僕たちは結局何も言わずにただただ自分の作業を黙って続けました。
案の定、親方は必至で木の上の方まで登った後、ロープがないことに気がつき、もう一度木を降りてロープを取りにいっていました。
少人数のチームではありますが、これが「心理的安全性の低い」チームの例だと思います。(親方ごめんなさい)
『心理的安全性の作り方』ではこう紹介されています。
心理的安全性はチームのためや成果のために必要なことを、発言したり、試してみたり、挑戦してみても、安全である(罰を与えられたりしない)ということなのです。
(石井遼介『心理的安全性のつくりかた』JMAM 34頁)
このようなチームは、生産的とは言えないと思います。
もしも僕が率直に「親方、ロープ忘れてませんか?」と言えるような関係だったら、ロープを取るために往復した時間と体力は必要なかったはずです。
このような僕の事例からも分かるように、何でも言い合えるということは、成果を出すためには必要な要素だと言えるのではないでしょうか。
一応断っておきますが、うちの親方は怖いですが悪い人ではありません。
むしろ好きです。ただ、心理的安全性という観点からいうと、ちょっと難があるよねというだけです。
まきのりがいるチームで実践している心理的安全性
ちなみに僕が所属している教会の青年部では、すでにこの心理的安全性を実践しています。
チームのみんなが「ここで発言しても大丈夫だ」と思えるように様々な工夫をしているのです。
例えば先日「青年部でSNSを使った活動を始めてみたい」という声が後輩からあがりました。
そんな時には、
- 1人でできない部分は、任せきりにしないで先輩がフォローする
- 思うような結果が出ていなくても、感謝を伝える
ということを意識して実践しています。
これを実践するようになってから、少しずつではありますがメンバー間での話が活発になり、おもしろいアイデアがでるようになりました。
「人狼ゲームをオンラインでやってみたい」
「1分くらいの話を公式LINEで毎日配信してみるのはどうだろう」
などがあります。
これからもチーム内で、心理的安全性を高めていきたいと思います。
また本書『心理的安全性のつくりかた』では、タイトルの通り「心理的安全性」を作る上でのポイントがたくさん紹介されているので、ぜひ手に取ってみてください。
まとめ
では最後にまとめです。
今回は石井遼介さんの著書『心理的安全性のつくりかた』を参考に、「心理的安全性」について紹介していきました。
心理的安全性とは
- 何でもいえるような環境が整っている
- 困った時はお互いさまで、助け合いができる
- 新しいことに挑戦できる
といったチームのこと
なぜ心理的安全性が大切なのか
世の中が「正解のない時代」になってきているから
実験や挑戦をしながら、先が分からないジャングルを切り進むかのような姿勢が必要
以上、「【教会やお寺のトップにオススメ】よりよいチームを目指すために「心理的安全性」を知ろう」というお話でした。
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