教会の組織運営が上手くいかないあなたへ

目次

宗教組織を運営に悩んでいるあなたに届ける1冊

教会のひと
は~、教会内の組織運営がうまくいなかい。
まきのり
すっごい分かる。

教会やお寺には、その中に組織があることが多い。

単体で存在するお寺というのは珍しいのではないか。○○派などといわれるように、どこかで組織化されたものがあると思う。

おそらくどこの教団の組織を運営している人も「どうしたらいいのか」と頭を悩ませていることだろう。

そう、僕もその一人だ。

教えは最高だし、この教えが広がったらいいなと思いつつも、それを組織として進めようと思うと中々上手くいかない。

これはどこに原因があるのか。
そんな悩みが後を絶たず、頭が禿げそうになっている宗教家の方に読んでもらいたいオススメの1冊がある。

それが『失敗の本質』という本だ。

本書について軽く紹介

70万部以上売れたベストセラー。

この本では80年前の太平洋戦争で「なぜ日本軍が負けたのか」という理由を詳細に分析している。

「宗教と全然関係ないやん」という声が聞こえてきそうだが、組織運営という点において、マジで関係している。

僕が信仰している教団でいうと、「あれっ?これってうちの宗教のこと言ってる?」と錯覚するくらい、参考になるところが多かった。

一応断っておくが、私は戦争そのものをどうこう言うつもりは全くない。
あくまでこの本に書かれている「組織の在り方」という部分の本質が、宗教の組織においても参考になることが多いという点を扱っていきたいと思っている。

そのあたりはご承知願いたい。

長く組織の中にいると、その状況に慣れ過ぎて、なにが問題なのかもよく分からなくなる。

今回は、組織のどんなところに問題が潜んでいるのかということについて、『失敗の本質』の中から僕がグッときたポイントを1点紹介していきたい。

他の部分もめちゃくちゃ参考になるため、ぜひ購入して読まれることをオススメする。

また、『失敗の本質』はけっこう難しい本なので、『「超」入門失敗の本質』という本を、あわせて読むとより分かりやすいだろう。


今回はこちらの本からも引用しながら進めていきたい。

ではいきまっしょい。

組織がダメになっちゃう原因

結論:戦略(目的・最終目標)のミスは戦術ではカバーできない

今日の結論となる部分から引用する。

僕が本書を読んでグッときた部分はここだ。

いかなる軍事上の作戦においても、そこには明確な戦略ないし作戦目的が存在しなければならない。

目的のあいまいな作戦は、かならず失敗する。

これは軍隊という大規模組織を明確な方向性を欠いたまま指揮し、行動させるからである。(『失敗の本質』戸部良一他 268頁)

 

もう1ヵ所引用する。

本来、戦術の失敗は戦闘で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない。

とすれば、状況に合致した最適の戦略を戦略オプションの中から選択することが最も重要な課題になるはずである。(『失敗の本質』戸部良一他 291頁)

 

つまり、戦略のミスは戦術ではカバーできないと言うことだ。

戦略と戦術の違い

戦略とは、目的に向かって優先順位をつけ、捨てるものは徹底的に捨てていく行為。

戦術とは、与えられた条件を使いながら、具体的に実行に移す行為。

(参考:『具体⇆抽象トレーニング』細谷 功 102.103頁)

まきのり
いくらすごい武器をもった優秀な軍隊がいようとも、間違った目標を立ててたら勝てないよね。

この2カ所の引用部分が、僕が本書を読んで最もグッときたポイントであり、宗教の組織にも同じことが言えると感じたところだ。

すこし分かりづらいかと思うので、「戦略のミスは戦術ではカバーできない」ということを実際に太平洋戦争であった例をもとに解説していく。

簡単にいうと2つの理由がある。

理由①:そもそも目標が勝利に直結していない

理由②:目標を実行しようにも、目標そのものがあいまい

この2つが、「戦略のミスは戦術ではカバーできない」原因だと僕は思った。

1つずつ見ていこう。

理由①:そもそも目的が勝利に直結していない

では「そもそも目的が勝利に直結していない」という部分を、開戦の初期の事例から説明しよう。

『「超」入門失敗の本質』によると、日本は開戦初期、比較的多くの戦いで勝利を挙げていたそうだ。

太平洋の南洋諸島を、委任統治領として多数の基地を建設したのだとか。実際に日本は25の島のうち17もの島を占拠していた。それに対してアメリカが占拠したのは8島にすぎなかった。

これだけ聞くと、日本すごいやんとなるのだが、問題はそのあとだ。
結果を言うと、それだけ日本軍が島を占拠したのに関わらず、負けてしまうのだ。

なぜそんなことになったのかというと、米軍は「勝利のために本当に占領しないといけない島」しか占拠しなかったからだ。他の島は勝利には直結しないと判断し、放っておいたということだろう。

日本軍は、いつのまにか「島を占拠する」という目標が、いつのまにか目的にすり替わっていたと言える。

ここまでをまとめ

日本軍
占拠した島の数は多かった。
しかしいつの間にか島を多く占領することが目的になっていた。

アメリカ軍
占拠した島の数は少なかった。
しかし最終的な目的は勝利することだったので、勝利に関係しない島は占拠しなかった。

この部分についてまとめられた言葉がでてくるので、引用する。

いかに優れた戦術で勝利を生み出しても、最終目標を達成することに結びつかなければ意味はありません。

戦略のミスは戦術でカバーすることができない、とはよく指摘されることですが、目標達成につながらない勝利のために、戦術をどれほど洗練させても、最終的な目標を達成することはできないのです。(『「超」入門失敗の本質』鈴木博毅 41頁)

ちなみに当時の日本軍自体は、訓練に訓練を重ねており、ものすごい強さをだったという記述がでてくる。

しかし、いくら強い兵がいても、また戦術が優れていても、戦略が間違っていれば勝つことはできないのだということが分かる。

まきのり
将棋でたとえると、相手の「飛車」を狙うことに夢中になり過ぎて、いつのまにか「王将」を取られてたってことかな

では次に理由②を見ていこう。

理由②:目標を実行しようにも、目標そのものがあいまい

目標達成につながる勝利の前に、そもそも目的そのものが定まっていないということがあったそうだ。

それが顕著に表れていたのが「ミッドウェー海戦」だという。ここでも日本軍と米軍との差が挙げられている。両国の作戦目的を比べてみよう。

日本軍:ミッドウェー島の攻略&米艦隊の撃滅

米軍:空母のみを撃滅

(『失敗の本質』戸部良一他 270頁より抜粋)

 

日本軍の場合、目的が2重になっており、非常にあいまいなことが分かる。

それにたいして米軍は、目的が1つで戦力が集中でき、有利な状況を生み出すことができたのだと語られている。

以上が、組織がダメになっちゃう原因だ。

何度もいうが、戦略のミスは戦術ではカバーできないのだ。

今聞くと「なぜそんなことをしたのか」と思うような人もいるかもしれないが、これらの問題は今でも日本の組織内で起きているのではないだろうか。

実際に僕が信仰する宗教団体では、ある。

なのでこの2つの事例は他人事とは全く思えなかった。
次は教会やお寺が抱える組織の問題を見て行こう。

教会やお寺が抱える組織の問題

今まで話してきた内容を、宗教家の皆さんに当てはまるように自分の言葉でまとめる。

つまり「宗教活動をする時には、みんなが分かる目的が必要である。目的のない活動は、目標では補えない。もちろん個人の信仰心や能力でも補えない」と言うこだ。

目的と目標というのがややこしいので補足すると、「目的」がゴール。それに到達するまでの過程に立てられるものが「目標」です。

目的=ゴール

目標=ゴールに到達するまでの過程に立てられるもの

これはうちの宗教に限った話かもしれないが、とにかく目標に向かって頑張るということが往々にしてある。

せっかく信仰を修めたすばらしい人材がたくさんいるのにも関わらず、みんなが間違った方向にむかって努力している。

そして結果も出ずに疲弊していく。これは本当に残念としかいいようがない。

トップに立つ人も戦略を抜きにして、根性論みたいなところで勝負しているから、もうどえらいことになってくる。

さらに「これだけ頑張っているのだから、神様は受け取ってくださる」的な話にもなってくる。

ほんとに勿体ないのだ。
教えがすばらしいだけに、余計に勿体なく感じる。

まきのり
けっこうマジで悔しい。

しかし、ここまで分かっても、組織を簡単にかえることは難しい。

しかしまずはそのアカンところに気がつくということが大事だ。
そういう意味ではこれを見て下さったみなさんは、一歩進んだところにいってもらえたのかなと思う。

そして、組織が変われないのであれば、まず自分からだ。

次の章では、僕の視点を紹介する。

まきのりの視点 ~個人としてできること~

個人としてできること。それは「ダブル・ループ学習の習慣をつける」ということだ。

なに、「ダブル・ループ」って?
難しい話は嫌い。
まきのり
おちついて!
今からざっくり解説します。

これはだれもが実践できる考え方なので、少しずつ組織に浸透させることができたら、徐々に全体が変わっていくだろう。

では「ダブル・ループ学習」について説明していく。

この「ダブル・ループ学習」は「シングル・ループ学習」と対になっているので、まずは「シングル・ループ学習」がどういうものかを説明する。以下引用。

「シングル・ループ学習」

目標や問題の基本構造が、自らの想定とは違っている、という疑問を持たない学習スタイルです。(『「超」入門失敗の本質』鈴木博毅 97頁)

宗教にあてはめて考えると、「現在取りくんでいる布教活動をさらに充実させるにはどうしたらいいのか」を考えるのが「シングル・ループ学習」になる。

それに対して「ダブル・ループ学習」は問題そのものを疑う。こちらも引用する。

「ダブル・ループ学習」

「想定した目標と問題自体が違っている」のではないか、という疑問・検討を含めた学習スタイルを指します。(『「超」入門失敗の本質』鈴木博毅 97頁)

宗教にあてはめて考えると、「そもそも今やっている布教活動自体が時代遅れではないか。

信者さんを囲おうとすることが、余計に人が離れていく原因になっていないか」というような形で、今までの常識を疑ってみるのが「ダブル・ループ学習」だ。

つまり、

シングル・ループ学習=今までのやり方を磨いていく学習方法。

ダブル・ループ学習=今までのやり方を疑いながら、新しい方法も検討していく学習方法。

この2つの考え方は、むちゃくちゃ大事だ。

しかし、慣れてないとなかなかこれが難しい。

今までの常識というのが頭から離れないからだ。なので、なにか疑問にぶち当たった時にこの言葉を思い浮かべてみることをおススメする。それが「そもそも~」という言葉だ。

「そもそも何でお寺ってあるんだろう」

「そもそも教会にくる目的ってなんだっけ」

こういう思考をめぐらすことで、今の現状を打破できる可能性がある。

僕自身も、このコロナになってから、この「ダブル・ループ学習」で現状を変えた。

今まで月に1回ある教会でのお祈りとお話を聞いてもらう時間を、信者さんと共につとめることができなくなった。

その時に、「どうやったら教会に集まってもらえるか」という「シングル・ループ学習」をやめて、「そもそも、教会に来ずともお話を聞いてもらう方法があるんじゃないか」という「ダブル・ループ学習」に変えた。

すると本来の目的である「お話を聞いてもらう」ということは、別にわざわざ教会に来ずとも、『教会の会報』を作って、そこに書けばいいじゃんということに気がついたのだ。

お祈りこそ一緒にはできないが、「ダブル・ループ学習」のお陰で、本来の目的を見失わずに新しいやりかたを見いだすことができたのだ。

ぜひ、みなさんも実践してみてはどうでしょうか。

では今回はこのへんで。

以上、「教会の組織運営が上手くいかないあなたへ」という話でした。

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